ご注意
ここは多分行き止まり。
つまりは創作の短文や、日記みたいなものを気ままに載せておこうかと。
書き散らしでも置きます。文字のラジオ局にきっとなるでしょう。
書き散らしでも置きます。文字のラジオ局にきっとなるでしょう。
小咄
- 海より深い没頭
- 文字の海に潜る
- 煩雑な悪魔と契約書
- 人でなしと巻き込まれた男の話
- 汪の話
- 星の使徒がただの人間になる話
- 淵
- こうして言葉に残すと正気に戻る話
- 夏の影
- 夏は白いものだと思っていた影の話
Sick vibration
好きだったあのロックバンドは活動を終えてしまったし、目を閉じたって辿り着けるライブハウスはもう閉鎖されて、別のテナントが入っている。頻繁に使った駅は、面影を残したまま形を変えてしまった。
涙なんか流しちゃいないぜ。少し鼻の奥がじんとするだけだ。何度か言葉にしようと思って、考えた。考えたんだが、結局、手持ちの言葉ではどうにもできないままでいる。
涙なんか流しちゃいないぜ。少し鼻の奥がじんとするだけだ。何度か言葉にしようと思って、考えた。考えたんだが、結局、手持ちの言葉ではどうにもできないままでいる。
ラビットマンズ・ギャラクシーデイズ - 01
この、チバユウスケってボーカルはさ、最高だよな。オレは、歌のこと以外、本人のことはよく知らないけど。
時代遅れのタバコをふかしながら、薄い灰色の空を見る。青空とは言ったもんだけど、実際にはあれは灰色じゃないか?
アパートの隣の部屋、夜職のネーちゃんの部屋から流れてくる曲で思い出す。今は、別のバンドをやってんだっけ。オレがガキの頃はまた別のバンドのボーカルだった。特徴的な声だからよく覚えてる。
ネーちゃんは、起きると同時にラジカセの電源を入れるらしかった。ラジカセかどうかはわからん。今の時代だから、スマホで音楽流してんのかも。充電式のスピーカーもあったろ、たしか。だけど、オレは音楽鳴らすモンって言えば、ラジカセ止まりなワケ。なんでもラジカセ。コンポはわかる。そういえば、カセットとかMDってまだ売ってんのかね?
部屋のテレビ台の下にある古いビデオを振り返る。その頃の友達が録画してラベル書いてたやつだ。今はもう見ることもできなくなっちまった。あのビデオデッキはどうしたんだっけ。売ったんだか、壊れてゴミに出したんだか、忘れた。
ブラウン管のテレビは処分費が安い内に処分して、それから名前も知らないメーカーの薄いテレビを買った。そいつももうガタが来てるのか、若干画面が暗い。その頃から、テレビもあまりつけなくなったから困ることはなかった。
隣の夜職が動き出す時間、その頃に、オレは仕事に行く準備をする。休みの日だったら、パチンコ打ちに行く準備を。
幸い、オレはツラは良かった。愛嬌のあるなんとも捨てがたい顔をしているらしい。バーテンとして雇ってもらっている間は、昼過ぎは灰色の空を見上げてタバコふかして、暢気にパチ打ってられるような生活ができるわけで。
「あ、」
取り込んだ洗濯の中からシャツを引きずり出して、中腰のまま呟いた。
思い出したわ。そう思うと同時、オレは口にしてた。
「ミッシェルガンエレファント」
そいつがボーカルをしていたバンドだった。
シャツの上からパーカーだけを羽織って、ポケットには財布とタバコ。当然ライターも入れる。しかし、最近はタバコもライターも値段が上がったワケ。どこまで上がるんだろう。電子タバコは体に合わない。タバコがそもそも人間の体に合わないだろうって。そんな御託は今は良いんだ。オレの性格には合っています。
「あらやだ、ウサちゃん。今日は早い御出勤だこと」
「隣のネーちゃんが起きるの早かったんじゃないすかねェ」
オレの部屋には時計がないから、他人の動きをあてに生きている。スマホを見れば時間だってわかるし、今時いらんだろと、やはり壊して捨てたんだっけか。社会人失格かもしれねェねェ?
「ウサギちゃん、まだ時計買ってなかったの?」
「いや、いらねェんですって。オーナーだって、アクセサリーかなんかでしょうや、それェ」
このオーナーの男が腕に高そうな時計を付けてるが、それがもうでたらめな時間を指していることをオレはよく知っていた。
「ああ、壊れてるんでした」
「でしょうねェ。良いモンなんで、もったいないんじゃないっすか」
「あんたの言うとおりだわ。出すかねぇ、時計屋に」
修理、と続けるオーナーが、そういえばみたいな顔をしながらオレの首を指さす。
「ウサちゃん、昔、時計下げてたじゃないの。あれは、どこやったのさ」
「ああ、あれねェ。なんだか、嫌になっちまって。捨てましたわ。女にやったんだっけ……」
「あんた、そんなツラだから女の子に苦労しないもんねぇ」
「アハハ、おかげさまで……職業柄も、良いんじゃないすかねェ」
「まぁ、あたしも好きですけど」
タハハとわらいながら店の中に入っていく。タッパがあるわり可愛い顔をしてんだと。そういうもんですかねェと思う。灰色の世界だと、なかなかわからん。人間の趣味ってのはね。
何もオレの目がそういう風にできているから灰色に見えるわけじゃなく、サングラスを掛けているので灰色ってだけではあるんだが、何分こっちの方がウケが良い。愛嬌ある顔で酒を出すようなマネをしていると、なんだか可笑しいらしい。
それにしたって、店の中でもサングラスを掛けているのだって可笑しいだろうとは思うが、眼鏡みたいなモンになっちまって、今はないと落ち着かないね。外すと眩しかったりする。
「ごめんくださぁい」
少し早い開店準備をしていると、まだ鍵の掛かっている入り口が、ゴチと音を立てた。
「あれっ、開かないの」
聞こえてくるのは、どう聞いたって子供の声だった。子供がどうしてこんなバーに用があるもんかと、オレはカウンターから出て訝しむ。
「おい、ここはまだ開店前だぞ」
「ここってお酒飲むところですよねぇ! 知ってます!」
「なら何の用があってェ」
ガキがようと言い掛けたオレに、オーナーが声を掛ける。
「ここ、こども110番だからじゃない」
「あっ、そっか」
色褪せちまったステッカーが階段の入り口に貼ってあるのを思い出しながら、オレはオーナーに顎で使われるまま入り口の鍵を開ける。
「飛び込んで来る子もなかなかいないけどねぇ」
「オレも初めてっすわ」
重いドアを開けると、そこにはランドセルを背負った子供がいた。
「あ、ウサギさんだ」
「そうだよ、ウサギのお兄さんだ。ボクはどうした? 変な奴に追われてきたかい」
「そんなところです……」
それにしては随分落ち着いているなと思っている最中、奥から近付いてきたオーナーが言った。
「ウサちゃん、今日ちょっと早く来てるだろ。送ってやったらどうだい。ボクちゃん、おうちに大人はいるかな?」
いつも甲高い声を出すオーナーの声が少し低い。子供の前だと多少改めるモンがあるんだなァと関心していたが、その一方で自分が名指しされていたことに気付いてぽかん口を開けた。
思わず、自分のことを指さす。
「ミー……?」
「イエス、ユゥ~」
オーナーはいつもオレに話しかける方の声を出して、それをこほんとひとつ咳払い、じいと固まっているガキの方にオレを押し付けた。
「ホラ! 行ってきなさい!」
「へいへい……」
オレは、ランドセルのフックを引っ張り、子供を連れ出す。
子供が上がるには多少高さのある階段を上りながら、どの辺の家なのかと聞いた。
「団地です。空き地の向こうの」
「ほおん。そいつはオレのウチの近くだなぁ」
「ウサギさん、おうちがあるんですか」
「変なこと言うねェ。ありますよ、ウサギさんにだっておうちくらい……あのオーナーに住処まで世話になってるわけじゃねェねェ……」
「ネェネ?」
「ないねェ……」
むにゃむにゃと言い換えをすると、ガキはランドセルをがさっと背負い直した。形だけ見ると重そうに見える。
「それより、変なヤツは来てねェかねェ?」
「はい」
ガキがまさかバーに駆け込むとは、誰も思わないだろうか。恐れおののいて逃げたのかもしれない。
正直、この近辺に住んでるヤツだったらあまり近付きたいオーナーではないだろうかな。雇い主のパワーに感謝しつつ、オレはパーカーのポッケに手を突っ込んだ。タバコの筐に指が触れると、つい吸いたくなる。ガキがいるのでガマンする。
「そういえば、ウサギさんは時計を持ってますか? 今何時なんだろう」
ガキに言われて、ジーパンのポケットに突っ込んでいたスマホを引きずり出した。あ、充電忘れてた。もうちょっとで切れちまいますね。後で店のコンセント借りなきゃなぁと思いながら見れば、六時前。空も随分と暗い。オレがサングラスを掛けているから尚のこと。
「六時になるねェ」
「ウサギさん、時計はないんですか? ウサギなのに」
「ないよ。どっかに捨ててきちゃった」
「そうかぁ……ウサギは時計を持っているものだと思ってました」
「ハハハ、そいつはウサギに寄るかもねェ」
そう言ったオレの目の前に、ナメクジのような物体が現れた。けれど、そのナメクジは地面を這うではなく、宙に浮いて、淀んでいた。慌ててサングラスを外すが――そいつはやはり、オレの目の前にいる。
幻でなかったことにようやくギョッとして、そのナメクジの出所を辿れば……それは、ガキの背負っているランドセルだった。
「ああ、ダメですよ」
ダメ、とは何か。ダメとは、制止の言葉だ。
その言葉を聞くと、例のナメクジはずるりと一度動きを止めた。
「なんだそれ」
「さぁ」
さあ、とは?
【 続く 】
時代遅れのタバコをふかしながら、薄い灰色の空を見る。青空とは言ったもんだけど、実際にはあれは灰色じゃないか?
アパートの隣の部屋、夜職のネーちゃんの部屋から流れてくる曲で思い出す。今は、別のバンドをやってんだっけ。オレがガキの頃はまた別のバンドのボーカルだった。特徴的な声だからよく覚えてる。
ネーちゃんは、起きると同時にラジカセの電源を入れるらしかった。ラジカセかどうかはわからん。今の時代だから、スマホで音楽流してんのかも。充電式のスピーカーもあったろ、たしか。だけど、オレは音楽鳴らすモンって言えば、ラジカセ止まりなワケ。なんでもラジカセ。コンポはわかる。そういえば、カセットとかMDってまだ売ってんのかね?
部屋のテレビ台の下にある古いビデオを振り返る。その頃の友達が録画してラベル書いてたやつだ。今はもう見ることもできなくなっちまった。あのビデオデッキはどうしたんだっけ。売ったんだか、壊れてゴミに出したんだか、忘れた。
ブラウン管のテレビは処分費が安い内に処分して、それから名前も知らないメーカーの薄いテレビを買った。そいつももうガタが来てるのか、若干画面が暗い。その頃から、テレビもあまりつけなくなったから困ることはなかった。
隣の夜職が動き出す時間、その頃に、オレは仕事に行く準備をする。休みの日だったら、パチンコ打ちに行く準備を。
幸い、オレはツラは良かった。愛嬌のあるなんとも捨てがたい顔をしているらしい。バーテンとして雇ってもらっている間は、昼過ぎは灰色の空を見上げてタバコふかして、暢気にパチ打ってられるような生活ができるわけで。
「あ、」
取り込んだ洗濯の中からシャツを引きずり出して、中腰のまま呟いた。
思い出したわ。そう思うと同時、オレは口にしてた。
「ミッシェルガンエレファント」
そいつがボーカルをしていたバンドだった。
シャツの上からパーカーだけを羽織って、ポケットには財布とタバコ。当然ライターも入れる。しかし、最近はタバコもライターも値段が上がったワケ。どこまで上がるんだろう。電子タバコは体に合わない。タバコがそもそも人間の体に合わないだろうって。そんな御託は今は良いんだ。オレの性格には合っています。
「あらやだ、ウサちゃん。今日は早い御出勤だこと」
「隣のネーちゃんが起きるの早かったんじゃないすかねェ」
オレの部屋には時計がないから、他人の動きをあてに生きている。スマホを見れば時間だってわかるし、今時いらんだろと、やはり壊して捨てたんだっけか。社会人失格かもしれねェねェ?
「ウサギちゃん、まだ時計買ってなかったの?」
「いや、いらねェんですって。オーナーだって、アクセサリーかなんかでしょうや、それェ」
このオーナーの男が腕に高そうな時計を付けてるが、それがもうでたらめな時間を指していることをオレはよく知っていた。
「ああ、壊れてるんでした」
「でしょうねェ。良いモンなんで、もったいないんじゃないっすか」
「あんたの言うとおりだわ。出すかねぇ、時計屋に」
修理、と続けるオーナーが、そういえばみたいな顔をしながらオレの首を指さす。
「ウサちゃん、昔、時計下げてたじゃないの。あれは、どこやったのさ」
「ああ、あれねェ。なんだか、嫌になっちまって。捨てましたわ。女にやったんだっけ……」
「あんた、そんなツラだから女の子に苦労しないもんねぇ」
「アハハ、おかげさまで……職業柄も、良いんじゃないすかねェ」
「まぁ、あたしも好きですけど」
タハハとわらいながら店の中に入っていく。タッパがあるわり可愛い顔をしてんだと。そういうもんですかねェと思う。灰色の世界だと、なかなかわからん。人間の趣味ってのはね。
何もオレの目がそういう風にできているから灰色に見えるわけじゃなく、サングラスを掛けているので灰色ってだけではあるんだが、何分こっちの方がウケが良い。愛嬌ある顔で酒を出すようなマネをしていると、なんだか可笑しいらしい。
それにしたって、店の中でもサングラスを掛けているのだって可笑しいだろうとは思うが、眼鏡みたいなモンになっちまって、今はないと落ち着かないね。外すと眩しかったりする。
「ごめんくださぁい」
少し早い開店準備をしていると、まだ鍵の掛かっている入り口が、ゴチと音を立てた。
「あれっ、開かないの」
聞こえてくるのは、どう聞いたって子供の声だった。子供がどうしてこんなバーに用があるもんかと、オレはカウンターから出て訝しむ。
「おい、ここはまだ開店前だぞ」
「ここってお酒飲むところですよねぇ! 知ってます!」
「なら何の用があってェ」
ガキがようと言い掛けたオレに、オーナーが声を掛ける。
「ここ、こども110番だからじゃない」
「あっ、そっか」
色褪せちまったステッカーが階段の入り口に貼ってあるのを思い出しながら、オレはオーナーに顎で使われるまま入り口の鍵を開ける。
「飛び込んで来る子もなかなかいないけどねぇ」
「オレも初めてっすわ」
重いドアを開けると、そこにはランドセルを背負った子供がいた。
「あ、ウサギさんだ」
「そうだよ、ウサギのお兄さんだ。ボクはどうした? 変な奴に追われてきたかい」
「そんなところです……」
それにしては随分落ち着いているなと思っている最中、奥から近付いてきたオーナーが言った。
「ウサちゃん、今日ちょっと早く来てるだろ。送ってやったらどうだい。ボクちゃん、おうちに大人はいるかな?」
いつも甲高い声を出すオーナーの声が少し低い。子供の前だと多少改めるモンがあるんだなァと関心していたが、その一方で自分が名指しされていたことに気付いてぽかん口を開けた。
思わず、自分のことを指さす。
「ミー……?」
「イエス、ユゥ~」
オーナーはいつもオレに話しかける方の声を出して、それをこほんとひとつ咳払い、じいと固まっているガキの方にオレを押し付けた。
「ホラ! 行ってきなさい!」
「へいへい……」
オレは、ランドセルのフックを引っ張り、子供を連れ出す。
子供が上がるには多少高さのある階段を上りながら、どの辺の家なのかと聞いた。
「団地です。空き地の向こうの」
「ほおん。そいつはオレのウチの近くだなぁ」
「ウサギさん、おうちがあるんですか」
「変なこと言うねェ。ありますよ、ウサギさんにだっておうちくらい……あのオーナーに住処まで世話になってるわけじゃねェねェ……」
「ネェネ?」
「ないねェ……」
むにゃむにゃと言い換えをすると、ガキはランドセルをがさっと背負い直した。形だけ見ると重そうに見える。
「それより、変なヤツは来てねェかねェ?」
「はい」
ガキがまさかバーに駆け込むとは、誰も思わないだろうか。恐れおののいて逃げたのかもしれない。
正直、この近辺に住んでるヤツだったらあまり近付きたいオーナーではないだろうかな。雇い主のパワーに感謝しつつ、オレはパーカーのポッケに手を突っ込んだ。タバコの筐に指が触れると、つい吸いたくなる。ガキがいるのでガマンする。
「そういえば、ウサギさんは時計を持ってますか? 今何時なんだろう」
ガキに言われて、ジーパンのポケットに突っ込んでいたスマホを引きずり出した。あ、充電忘れてた。もうちょっとで切れちまいますね。後で店のコンセント借りなきゃなぁと思いながら見れば、六時前。空も随分と暗い。オレがサングラスを掛けているから尚のこと。
「六時になるねェ」
「ウサギさん、時計はないんですか? ウサギなのに」
「ないよ。どっかに捨ててきちゃった」
「そうかぁ……ウサギは時計を持っているものだと思ってました」
「ハハハ、そいつはウサギに寄るかもねェ」
そう言ったオレの目の前に、ナメクジのような物体が現れた。けれど、そのナメクジは地面を這うではなく、宙に浮いて、淀んでいた。慌ててサングラスを外すが――そいつはやはり、オレの目の前にいる。
幻でなかったことにようやくギョッとして、そのナメクジの出所を辿れば……それは、ガキの背負っているランドセルだった。
「ああ、ダメですよ」
ダメ、とは何か。ダメとは、制止の言葉だ。
その言葉を聞くと、例のナメクジはずるりと一度動きを止めた。
「なんだそれ」
「さぁ」
さあ、とは?
【 続く 】
1000のタンバリン
1000のタンバリンを打ち鳴らしたような星空――それだけで、どんな星空か伝わっちゃうんだからさ。
冷えてきたね。きっと、もう少しで見えるんだろう。1000のタンバリンを打ち鳴らしたような星空がさ。
初めて聞いた時に、なんて綺麗な言葉だろうと思った。
まだ心に星が流れ続けてる。
冷えてきたね。きっと、もう少しで見えるんだろう。1000のタンバリンを打ち鳴らしたような星空がさ。
初めて聞いた時に、なんて綺麗な言葉だろうと思った。
まだ心に星が流れ続けてる。
狐面の男
おまえは、人にも自分にもあまり興味がないんだな。興味のあるふりをしているだけだ。人間の物真似を繰り返しているに過ぎない。
おまえが興味を持っているのは、その人間の脳の中にある経験と知識だけだ。それを盗み見た時のみ、おまえは快楽を得るのだろう。纏っている外套になぞ興味はない。まるで怪奇だよ。人の頭部だけを食らう、脳髄だけを啜る怪奇のようだ。
きっとおまえは人の身を食らったからその姿があるに過ぎない。
「あらまぁ、お上手だこと」
「しなを作ったって無駄だよ、女狐め」
ひとのことを散々に言う男の眼鏡を横から攫い、狐面は試しに自分の顔に掛けてみた。
「大将、あちきが女に見えておいでです?」
「今のところは見えているが、眼鏡を返したまえ。僕の視力を侮ってはならない。何も見えん」
狐面は自分の目をぐわんとさせる眼鏡を男に戻してくれてやる。
「大将は、あちきの正体ご存知かしらと思ったのに」
「狐の面は便利だなぁ」
「ほうら、やっぱりわかってらっしゃる」
着物の袖を口元にやって、狐面はこんこんと笑う。
「大将の方こそ、狸ではありません?」
「僕が怪奇か。やだねぇ、三文小説にもなりやしない」
「あちきを書いてくださってもよござんすよ」
「はは、意地も悪い味も悪い、狐の化物を?」
それこそ、三文にもならないね、と男は笑った。眼鏡の向こうで細められた目が嫌みったらしい。
狐面は、それこそいやらしいと思いはするものの、この男のことを嫌ってはいない。
「人に怪奇だの化け物だの言うなんて」
「本当のことを言って何が悪いやら」
男が蓄えたひげに指先を伸ばして、狐面はまたこんこんと笑う。
「先日お前の顔をした男を見たね。役者仲間といたかな」
「あらやだ、お顔が一緒だなんて、生き別れのお兄様かしら」
「狐のかい」
「大将、とってもしつこいねぇ」
「役者になりたいのかい」
男の首を掴んでやろうと思ったが、狐面はぴたと手を止めた。どうやら本当に、この男、狐面の正体を探っているらしい。
「大将がお口添えしてくれるんで?」
「……何者にも化られるもののけが、役者になりたいだなんて面白い」
蓄えたひげを震わせ、男が笑う。
「何者にも化られるからこそ、食い扶持に丁度良いのさ」
狐の世も世知辛し。同じように人の世も世知辛いに違いはないが、狐面は人よりようく金も人も食う。だから、稼がにゃならんのだ。そう言えば、男はニマニマと笑った。
「役者なんぞより、良い仕事がある」
「へえ、無学なあちきに紹介するような仕事でござんすか」
そう問えば、ひげの男は途端に狸のような顔でぐわははと笑った。上品な見た目にそぐわぬ下品な笑いだと狐面は僅かに落胆する。
人というのはどうにも下品である。
「倅が小間使いを探しておる。役者のできるものであれば尚のこと良いそうだ」
「小間使いだって?」
狐面は、つんと口の先を尖らせた。
おまえが興味を持っているのは、その人間の脳の中にある経験と知識だけだ。それを盗み見た時のみ、おまえは快楽を得るのだろう。纏っている外套になぞ興味はない。まるで怪奇だよ。人の頭部だけを食らう、脳髄だけを啜る怪奇のようだ。
きっとおまえは人の身を食らったからその姿があるに過ぎない。
「あらまぁ、お上手だこと」
「しなを作ったって無駄だよ、女狐め」
ひとのことを散々に言う男の眼鏡を横から攫い、狐面は試しに自分の顔に掛けてみた。
「大将、あちきが女に見えておいでです?」
「今のところは見えているが、眼鏡を返したまえ。僕の視力を侮ってはならない。何も見えん」
狐面は自分の目をぐわんとさせる眼鏡を男に戻してくれてやる。
「大将は、あちきの正体ご存知かしらと思ったのに」
「狐の面は便利だなぁ」
「ほうら、やっぱりわかってらっしゃる」
着物の袖を口元にやって、狐面はこんこんと笑う。
「大将の方こそ、狸ではありません?」
「僕が怪奇か。やだねぇ、三文小説にもなりやしない」
「あちきを書いてくださってもよござんすよ」
「はは、意地も悪い味も悪い、狐の化物を?」
それこそ、三文にもならないね、と男は笑った。眼鏡の向こうで細められた目が嫌みったらしい。
狐面は、それこそいやらしいと思いはするものの、この男のことを嫌ってはいない。
「人に怪奇だの化け物だの言うなんて」
「本当のことを言って何が悪いやら」
男が蓄えたひげに指先を伸ばして、狐面はまたこんこんと笑う。
「先日お前の顔をした男を見たね。役者仲間といたかな」
「あらやだ、お顔が一緒だなんて、生き別れのお兄様かしら」
「狐のかい」
「大将、とってもしつこいねぇ」
「役者になりたいのかい」
男の首を掴んでやろうと思ったが、狐面はぴたと手を止めた。どうやら本当に、この男、狐面の正体を探っているらしい。
「大将がお口添えしてくれるんで?」
「……何者にも化られるもののけが、役者になりたいだなんて面白い」
蓄えたひげを震わせ、男が笑う。
「何者にも化られるからこそ、食い扶持に丁度良いのさ」
狐の世も世知辛し。同じように人の世も世知辛いに違いはないが、狐面は人よりようく金も人も食う。だから、稼がにゃならんのだ。そう言えば、男はニマニマと笑った。
「役者なんぞより、良い仕事がある」
「へえ、無学なあちきに紹介するような仕事でござんすか」
そう問えば、ひげの男は途端に狸のような顔でぐわははと笑った。上品な見た目にそぐわぬ下品な笑いだと狐面は僅かに落胆する。
人というのはどうにも下品である。
「倅が小間使いを探しておる。役者のできるものであれば尚のこと良いそうだ」
「小間使いだって?」
狐面は、つんと口の先を尖らせた。
脳が見る
空気中の煌めきが目に視える者が、まともであるはずがないのだ。神経は焼き切れて皮膚の内はちりちりと電気が走り、目は血走っている。だからこそ、この世に火花が散って、煌いて見えるのだから、そうやって世間を美しく捉える者がまともであるはずもなく、彼らはとうに一線を越えてしまった。
まともであるはずがない。この世は兎角、醜悪で澱んでいる。細菌や魑魅魍魎が跋扈しているのが常であるのに、よもやそれを美しいと言うなどと。その上、所業悪しきそれらの塵を、ものの見事に賛辞して、まるで世界が立派なもののように嘯き描くなどと。
そんなことが出来る者が、まともであるはずがないのだ。
そう、書を嗜む者がまともであるはずがないのだと、小生は繰り返した。それ以上に書き手などはまともでない。読み手も書き手もまともではないのだ。脳はとうに焼かれている。
まともであるはずがない。この世は兎角、醜悪で澱んでいる。細菌や魑魅魍魎が跋扈しているのが常であるのに、よもやそれを美しいと言うなどと。その上、所業悪しきそれらの塵を、ものの見事に賛辞して、まるで世界が立派なもののように嘯き描くなどと。
そんなことが出来る者が、まともであるはずがないのだ。
そう、書を嗜む者がまともであるはずがないのだと、小生は繰り返した。それ以上に書き手などはまともでない。読み手も書き手もまともではないのだ。脳はとうに焼かれている。